さて今回は2024春ツーリングということで伊勢まで行ってきました。一泊目は上諏方、その後南下して浜名湖経由して伊良湖~鳥羽を周り、伊勢で二泊目、松阪経由で地元に帰るルートとしました。画像は初日でなかなか良い雨でワークマンのカッパが大活躍(笑)
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先日鈴鹿の空に世界F-1GP歓迎の為に貼るか宮城県松島から展示飛行で色々な模擬飛行を見せてくれました。予選の日もテスト飛行で飛んできたんですが、自宅にいるといつもと違う飛行音が聞こえて来て空を見上げると見慣れないジェット機が数機まさか鈴鹿でブルーインパルスが見れるとは、時間的には20分ほどでしたが1回だけスモークを出してくれました早速翌日本番の飛行を見るためにとあるショッピングセンター屋上に1時間前から行き楽しませてくれました始めて見るその姿は展示飛行画素晴らしかったです、時間的には時間ほどでしたが只サーキットからは少し遠い(サーキット周辺は渋滞で尚且つ駐車禁止で)位置でしたがそれでも十分楽し ・・・
余呉川右岸平地と琵琶湖岸を南北に走る賤ケ岳山系の西野山丘陵地帯は、平素は飲水にも困ったが,地勢が低いため余呉川氾濫時は滞水による作物の被害が大きかった。西野水道は、充満寺第11代住職・西野恵荘が氾濫防止のため西野山の掘削を計画、庄屋・村民を説得、彦根藩主井伊直亮の許可を受けて始めた。 1840(天保11)年着工。能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月と1275両をかけて1845(弘化2)年に完成した。ノミだけで掘り抜かれた手堀りの岩穴である。以後余呉川の氾濫を防ぐ大きな役割を果たした。「近江の青の洞門」とよばれる。1950(昭和25)年のすぐ横に新水路、1980年に大型の新放水路(トンネル) ・・・
今回は、宮内庁が治定した、三重亀山市、能褒野王塚古墳と、伝説の白鳥塚古墳の探索に行ってきました!こんなに近所に2つの説の古墳があることを知りませんでしたが、白鳥塚古墳の方が、本物でないかな?なんて・・・。能褒野王塚古墳は、現在の亀山市能褒野町の近くにある、巨大な前方後円墳ですが、鈴鹿市にある白鳥塚古墳はちっぽけな、帆立貝式古墳なんで、天皇の皇子であるヤマトタケルが小さいお墓では、まずいと考えた宮内庁が、被葬者不明をいいことに、勝手に治定したのではないかと・・・。急激に弱って、亡くなったのですから、緊急にお墓が必要なので、物理的に考えても、小さいお墓が正解ではないかと・・・。改めて大阪の羽曳野市 ・・・