3月28日今日は、念願の天橋立を走る予定なのですが、天気予報では、京丹後地方は午後4時頃から雨予報となっているので、現地に早く着けるよう、早めに恵那のビジホを出発しました。
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秘密の野営地から見える山の中腹に林道らしきものが見えていて以前から気になって調べていました。下山林道って名前みたいで𝑌𝑜𝑢𝑇𝑢𝑏𝑒にも出てくるんだけど、皆んな標識からが映像の始まりでそこまでのルートが分からなかったんですが、この度解明したので朝の涼しいうちに行ってきました。以前、すぐ横の道まで来ていたんですねぇ。気が付かなかった。念願の標識見つけました!動画によるとこの先川渡りがあるみたい。先へ進むと橋が出てきました。「え?コレ?」見た𝑌𝑜𝑢𝑇𝑢𝑏𝑒が10年も前のやつで道が変わった?ちょっと無理そうなんで諦めて引き返すと曲がる道が有るの草で見落としてました。映像通りの川渡りが有りました。
またしばらく機関が空いてしまいました。とりあえず、3月は仕事の関係で予定していたことが全くできず(単車に乗れず)ストレスたまりまくってたので、無理やり4月頭の袖ヶ浦の走行会に参加してきました。 以前から一度は走ってみたいと思っていたのですが、なかなか踏ん切りがつかず(だって遠いんですもの)。今回、3月に乗れなかったこともあって、思い切って遠征してみました。 体力衰えてるので、素直に前後泊で2泊3日のお出かけでした。いやぁ、やっぱ千葉は遠かったです。まず、蛯名から町田までの渋滞の酷いこととアクアラインまでの道のわかりにくさに前日から疲れてしまいました。(田舎者には首都高難しいです) けど、袖ヶ浦 ・・・
4月2日から4日まで奥のカブ道後半を走って、大垣で完結となったわけですが、そのまま千葉まで帰っても面白くないので、芭蕉が奥の細道に出る前年に更科紀行の旅をしているのでその足跡を巡る旅をすることにしました。 更科紀行は、貞享5年(1688)8月に芭蕉が姥捨ての「田毎の月」と「善光寺」を見たくなって、俳句の門人「越人」を伴って美濃~木曽~善光寺~江戸深川までを旅したもので、散文的な旅行メモと、末尾に11首の俳句をまとめたものです。奥の細道が行く先々の場所に合わせて俳句を残しているのに対して、更科紀行は末尾にまとめて俳句が掲載されているので、文面を読み解いて、おそらくここの場所で詠んだものだろうと推 ・・・