3月28日今日は、念願の天橋立を走る予定なのですが、天気予報では、京丹後地方は午後4時頃から雨予報となっているので、現地に早く着けるよう、早めに恵那のビジホを出発しました。
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2013年春のこと、東日本大震災から2年経つも 被災地の復興は一向に進まない状況らしい。テレビの報道では、現地の悲惨な光景が映し出されます。 当時、千葉の会社では天井が落ちるのでは? と思えるような激しい揺れ、社内放送により、外へ避難するも 立っていられないほどでした。 そして揺れが収まり事務所へ戻ると、派遣社員のおばさんは デスクの下にうずくまり震えていた。激しい揺れと恐怖に腰を抜かし、逃げられなかったという。 報道によると、地震の規模は観測史上最大級のマグニチュード9、巨大地震の発生です。千葉市では駅前を中心に液状化、砂が浮き出し まるで砂浜状態、一見、砂漠にビルが建っているような 不思議 ・・・
暑い!この時期はほんとに暑くて息するだけで苦しい 涼しい場所を求めて高原巡りでもしようかと比較的に近場にある福島県を調べてたら、とある町に斎藤一のお墓があるらしいじゃないですか!るろうに剣心世代の身としては行くっきゃないでしょ 会津若松付近にある七日町昭和レトロチックな通りが有名らしく赤べこやら新撰組やらとるろうに剣心に馴染みのある名前が町中にちらほら 巡回バスなんかもレトロな感じで確か、大人600円で乗り放題とかお墓はメイン通り沿いにある少し小さめなお寺にありました。昔の物が今現代に残ってるあの感じたまんないっすねー そのあとはあだたら高原に行き、ひまわりを堪能しつつダメ押しで那須高原ま ・・・
4月2日から4日まで奥のカブ道後半を走って、大垣で完結となったわけですが、そのまま千葉まで帰っても面白くないので、芭蕉が奥の細道に出る前年に更科紀行の旅をしているのでその足跡を巡る旅をすることにしました。 更科紀行は、貞享5年(1688)8月に芭蕉が姥捨ての「田毎の月」と「善光寺」を見たくなって、俳句の門人「越人」を伴って美濃~木曽~善光寺~江戸深川までを旅したもので、散文的な旅行メモと、末尾に11首の俳句をまとめたものです。奥の細道が行く先々の場所に合わせて俳句を残しているのに対して、更科紀行は末尾にまとめて俳句が掲載されているので、文面を読み解いて、おそらくここの場所で詠んだものだろうと推 ・・・