津和野町にあるトライアル場に初遠征してきた。国道9号線からぐいぐいと標高を上げてやっとたどり着いた。管理人さん御自慢の赤看板が緑に映える。
- 4 いいね
- 4 コメント
土曜日の午後三時を過ぎてからコミネのヘルメットに仕込んだインカムのスピーカーで音楽が聴けるのか?テストにTS50Wハスラーで出掛けての帰路、音楽が途切れ聞き覚えのある呼び出し音が鳴るもSHOEIの「J-FoeceIII」ほど静かではないので道端にTS50Wハスラーを止めて悪友SP君からの電話に出て暫し密談w 翌早朝五時、まだ日の出前で暗い中、軽バンの格安レンタカーに乗り込み下道を走り続け、四日市を過ぎた辺りからちょっとだけ高速に乗って到着したのは「幸田サーキットyrp桐山」PITは悪友SP君も昔乗ってたGPZ400Rさんのお隣に入れて頂きました。PITエリアが狭いのでクルマは上の駐車場へ、入場 ・・・
余呉川右岸平地と琵琶湖岸を南北に走る賤ケ岳山系の西野山丘陵地帯は、平素は飲水にも困ったが,地勢が低いため余呉川氾濫時は滞水による作物の被害が大きかった。西野水道は、充満寺第11代住職・西野恵荘が氾濫防止のため西野山の掘削を計画、庄屋・村民を説得、彦根藩主井伊直亮の許可を受けて始めた。 1840(天保11)年着工。能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月と1275両をかけて1845(弘化2)年に完成した。ノミだけで掘り抜かれた手堀りの岩穴である。以後余呉川の氾濫を防ぐ大きな役割を果たした。「近江の青の洞門」とよばれる。1950(昭和25)年のすぐ横に新水路、1980年に大型の新放水路(トンネル) ・・・