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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん

プロフィール

誕生日
8月 18日  
血液型
A型  
都道府県
千葉県  
活動エリア
全国 
ライダースキル
 
乗車頻度
 
整備スキル
 

ステータス

日記投稿件数
934件
インプレ投稿件数
31件
MYバイク登録台数
2台
友達
98人

奥のカブ道を往く♪...(11)尾花沢~立石寺~天童

走行距離
43km

10月15日 この日の奥のカブ道もあと少しです。

10月15日 15:30 尾花沢 芭蕉・清風歴史資料館

この場所は、紅花大尽と言われた豪商で俳人の鈴木清風宅があった場所です。

 

元禄2年5月17日 山刀伐峠を越えて尾花沢に到着した芭蕉たちは、豪商鈴木清風に世話になり、5月26日まで10日間も逗留して句会を開いたりしていました。

 

 

鈴木清風のところに10日間もいたので、芭蕉が3句、曽良が1句を残しています。

 

芭蕉3句

涼しさを 我宿にして ねまる也

翻訳:清風の用意してくれた、この涼しい宿にいると、まるで自分の家にいるようにくつろげるものだ。

這出よ かひやが下の ひきの声

翻訳:飼屋(蚕小屋)の下でひきがえるが泣いている。そこから出てきて手持ち無沙汰な私の相手をしておくれ。

まゆはき(眉掃き)を 俤(おもかげ)にして 紅粉の花

翻訳:尾花沢の名産である紅の花を見ていると、女性が化粧につかう眉掃きを想像させるあでやかさを感じる。

 

曽良1句

蚕飼ひする 人は古代の 姿かな   曾良

翻訳:養蚕をする人たちの作業衣は、古代の昔からもこうだったろうと思わせる素朴な感じのものだ。

16:30 立石寺(山寺)

日中は客引きで忙しい門前の土産物屋も、この時間となると店じまいの様子で、バイクを置いても苦情や執拗な客引きを受けないので、山門階段前にバイクを置いてお参りしました。(^^;

階段をのぼり、立石寺本堂前に来るとまたまた芭蕉と曽良がお出迎えしてくれました。(^^) もう何人目の芭蕉や曽良に出会ったのか数えていません。汗

立石寺(山寺)というとこの開山堂と芭蕉の俳句がセットで掲載されるので、ここが立石寺本堂と勘違いしている人が多いですが、ここは開山堂で本堂ではありません。

ただ、開山堂までの1015段の階段を上ると、有名な芭蕉の句を体感できると思います。(笑)

元禄2年5月27日 芭蕉たちは、立石寺を訪れてこの句を読んでいます。

閑さや岩にしみ入る蝉の声

翻訳:なんて静かなのだろう。石にしみ入るように蝉が鳴いている。

私はこの蝉の声は、単純に昆虫の蝉だけではなく、立石寺で天台宗の不滅の法燈が灯されて数百年の間、山々や岩に響く読経の声を蝉に見立てているのではないかと解釈しています。これは私独自の解釈でほかにこんな俳句解説はありません。

立石寺の本堂は、山のてっぺんではなく、バイクを置いて階段を上ったすぐのところに、芭蕉たちと佇んでいます。

この本堂には、比叡山延暦寺からもたらされた最澄が延暦寺開山の時に灯した法燈の火が今でも守り続けられていて、今回の東京オリンピックの聖火の一部に使われたそうです。

この不滅の法燈には、芭蕉たちが訪れるはるか以前の戦国時代の逸話も残っていて、織田信長の比叡山焼き討ちで最澄が延暦寺で最初に灯した法燈は一度失われているのです。

そのことを聞いた立石寺は、分灯してもらった不滅の法燈を分灯して比叡山延暦寺に戻し、法燈の火は絶やされずに今まで来たというとこです。

天台宗の教えである「油断大敵」とは法燈の油を切らさない戒めであり、「一隅を照らす」も小さな法燈の火を照らしつづけることに価値があり、それはひとつのことでも専念し続けることの大切さを示しています。

10月15日 天童市内のビジホにこの日は泊まりました。

 

10月16日は最上川を下って出羽三山や鳥海山を目指します。

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コメント(全26件)

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軽量化以上に体重が増えたさん
東北には何人の芭蕉がいるんですかΣ(・ω・ノ)ノ!
もうすっかり顔見知りになれたんじゃないでしょうか
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
東北は、どこに行っても芭蕉や曽良がいますが、逆に言うと、ウルトラマンや009が登場するまでヒーロー不在だったとも言えます(^^;
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杉さん
こんばんは
いよいよ立石寺に到着ですね。
長い階段はどこまでも続き自分も難儀しましたよ。
名物の玉こんにゃくを食べながら登りましたが、しーんとした森で芭蕉の句が実感できました。
そして一隅を照らす、素敵なことですね。
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
私は開山堂までの1015段の階段をこれまでに3回登りました。(^^;
登るのが大変で、蝉の声なんて聞いている余裕はなかったです。汗
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KAWIさん
忍法、分身の術。
  • 返信
チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
はい、いらっしゃい♪
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パチ10(良くも悪くも最強な台だな・・・)さん
油断大敵ってよく耳にするけど不滅の法燈が語源なのかな?
灯が消えないように長年守り続けられているんですね~♪
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
パチも1度や2度勝てたからといって、次も勝てるかは油断大敵(爆)
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くれないの?デブっ!(ター坊改め。略称「くれデブ」)さん
蝉が何蝉かと論争した歌人・文人がいたような…
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
この句は新暦の今でいうと7月中旬なので、生物学的にはニイニイゼミということらしいです。
地球温暖化で生息域が北上しているクマゼミがそのうちに立石寺で鳴きはじめるかもしれませんね。(^^;
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tellさん
立石寺(山寺)だーっ!
あの階段まだのぼれるかなぁ?w
  • 返信
チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
あの1015段の階段を、蝉しぐれの中、真夏の日中に上るのは苦行です(+o+;)
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NINJA BAKAさん
油断大敵、天台宗の教えでしたか。
仏教の教えてって、現代にも色々なところで使われていますからねぇ。
現代版、奥の細道はかつての歴史を一つ一つ確認していく旅ですね!
なんて味わい深いんだ。
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
人間て、進歩しているようで意外と精神的には進歩していなくて、昔の格言が今も生き続けているのは、昔も今も人は変わっていない証左なんでしょうね。(^^;
おくの細道を辿ることで、時空を超えて芭蕉と空間を共有して、俳句から何を言いたかったのか少しでも感じ取れたらと思っています。
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たかぴーさん
1000段もの階段、登ったらきつそうです(^^;
多分、息が上がります(^^;

でも、風情を味わうためには登らないとですね〜(^^;
  • 返信
チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
開山堂までの階段はなかなかきついです(^^;A
  • 返信
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さすらいのライダーさん
こんにちは。

芭蕉の足跡を辿る旅もいよいよ後半戦に突入ですね!
バイクだけでは無く、徒歩で歩いた距離も結構なものになりそう??
心と身体の鍛錬にも一役買ってますねw
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
奥のカブ道は、カブ移動がメインですが、要所要所ではバイクを置いて歩き回りもしましたが、カブに乗って固まった体をほぐすにはちょうど良い運動でした。♪
主だった観光地には以前にも何度か来てはいますが、芭蕉の俳句という窓からそこを見ると、また違った景色が広がっていて面白いです。
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おっぺけさん
芭蕉たちは旅して俳句を詠むだけ?みたいな感じですが、
飯とか宿代とかはどこから捻出してたんですかね?

句会を開いて、見返りに提供してもらってたんですしょうか?
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
正確な芭蕉たちの旅の金銭面の記録はよくわからないらしいですが、曽良日記などと照合すると、芭蕉は俳諧のトップの先生なので地方の名士(庄屋、高僧、城代など)のところでは大事な賓客なので宿泊食事はタダ、出立するときは門下の俳人から餞別もらって、次の宿の手配やそこまでの案内も使用人などがやっていたらしいので、どこまで芭蕉自身が負担したかは分からないですね。
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toshiさん
閑さや岩にしみ入る蝉の声
これは聞いたことがあります( ^ω^)
俳句読みながらの旅か…私なら食べてばかりの旅になりそうw
  • 返信
チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
平泉と山寺の句は、超有名ですからね。(^^)
俳句を読むときに芭蕉がどういう視点でそれを読んだのか想像するのが面白いです。
  • 返信
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ピロンさん
冒頭の句の「ねまる」は方言かと思っていました。
当時は標準語として使われていたのだろうか?
山寺で詠まれた句は地元ではだれもが知っています。
全国的にも有名なのか気になるところです。
  • 返信
チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
ねまるは、江戸では使わない言葉で、おそらく鈴木清風か誰かがここでゆるりと「ねまって」と言われた言葉を、尾花沢で詠んだ句にいれて、みちのく感を表したものかもしれませんね。
山形弁や秋田弁はアクセントや発音が個性的なので、芭蕉が旅した時代だと方言全開なので、江戸から来た芭蕉は初めは全く言葉が通じなかったかもしれませんね。私は芭蕉が山形弁の心に留まった言葉を俳句に入れた気がしてなりません。
閑さや...の俳句は全国区です。(^^)
  • 返信
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ゴリフさん
蝉の声が日産でいうとスカイライン、
夏草やがフェアレディZくらいの知名度ですね

このまえツインリンクのホテルが盛大にモヤってて、
比叡山焼き討ちみたいだな~って暫く眺めてましたが
そんな逸話があったとは・・・
  • 返信
チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
ああ松島や松島や...は、見分けのつきにくいセドリックとグロリアですね(笑)

不滅の法燈は本堂の隙間からのぞきましたが確認できませんでした。
不滅の法燈のともしびも、高野山の弘法大師の食事も、このくらい強いマインドコントロールができないと、ちゃんとした宗教として認めてもらえないんですね(^^;
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