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さて、宿を出発して一関平泉に向かいましたが、最短で走っても約50kmあります。
元禄2年5月12日芭蕉たちは登米から平泉を目指しますが、この50kmを1日で移動しています。今のように道路整備もされず道も不案内な土地で50kmも移動したことから、驚異の脚力、芭蕉は伊賀上野出身で忍者隠密だ、という人もいます。
しかし、奥の細道をよくよく読むと、
戸伊摩(登米)といふ所に一宿して、平泉に到る。その間二十余里ほどとおぼゆ。
としか書かれていません。20里(60km)を歩いたとは一言も書いていないのです。
それよりも、その前日前々日の行動として芭蕉たちは松島~石巻~登米は舟で移動している点に注目すべきで、戸伊摩(登米)も平泉も最上川の川湊であったという点です。
最上川は流れの緩い幅広の水運の開けた川なので、芭蕉たちは徒歩ではなく舟で平泉に行ったというのが正解のようでした。
実際に現地に行って走ってみないとその実感はわかりませんね。現地に行ったことない人がきっとおくの細道の文面だけから推測して「芭蕉は忍者説」を広めたのだと思います。(^^;
9:00 柳之御所跡
藤原氏の居館があったと言われる柳之御所跡が近年発掘調査されて、藤原氏の栄華の全貌がわかってきました。
柳之御所は、私はもっと高台にあると思っていたのですが、意外にも発掘調査で最上川の河川敷に当たる部分にあったようです。
そして、源義経をかくまった(庇護した)館のあった高館は、右の矢印の部分にあります。
藤原氏は自分たちの住む場所より小高いところに鎌倉殿の弟である義経に館を与えて、丁重にもてなしていたことがわかりました。
また、藤原氏の繁栄は、金山開発による黄金とするのが定説ですが、柳之御所が最上川の川湊の要衝で、最上川自体が主要な経済幹線ルートだとすると、藤原氏の財力は黄金だけでなく水運による経済支配も大きかったことが推測できます。
これも現地に行ってみないと、藤原氏の実態や義経の関係性が見えませんね。
また、藤原氏の館が「柳之御所」と呼ばれていたのも、柳は川辺にある植物で御所の回りの河川敷に柳が多かったのでそう呼ばれた可能性が高いです。
グーグルアース借用の柳之御所、高館、中尊寺の位置関係です。
元禄2年5月13日 芭蕉は、藤原氏が滅んですでに数百年がたち、今は荒れ地となり最上川の河川敷にしか見えなかったであろう柳之御所跡を訪れて、詠んだのが有名なこの句です。
「夏草や 兵(つはもの)どもが 夢のあと」
翻訳:今は夏草が生い茂るばかりだが、ここはかつては藤原氏や義経などの武士達の栄華の地である。それらのことも今でははるか昔の夢物語となってしまったなあ。
この句を感じるには、実際に柳之御所跡に立ち、高館を遠望しないと、言葉の重さが実感できないものと思います。
また、ここでは曽良も句を残しています。
卯の花に 兼房見ゆる 白毛かな 曾良
翻訳:卯の花の白い花を見ていると、白髪を振り乱して戦ったといういにしえの武将増尾兼房の姿が浮かんでくるようだ
増尾兼房は、義経記に出てくる架空の人物です。曽良は卯の花が好きらしく、白川の関でも卯の花を詠んでいました。
10:00 中尊寺
私は何度もここに来ていますが、表参道から月見坂を上って中尊寺や金色堂まで歩くのは距離があって坂もきつくて、なかなかしんどいです。(^^;
公式には、バイクは表参道近くのバイク置き場しかない!!と説明されていますが、今回新たな発見をしてしまいました♪
中尊寺最奥の金色堂そばにタクシーと乗用車バス専用の規模の小さい坂上駐車場があるのですが、なんとそのあたりの道路は“二輪を除く駐車禁止”区域で、路肩二輪駐車OKでした。♪
もし中尊寺に行くときは、坂上駐車場付近の道路にバイクが置けるので、きつい表参道から中尊寺や金色堂まで歩かなくて済みます。(^^)v なかなか行くことは無いと思いますが、ご参考までに♪
コメント(全24件)
割れた欠片で水切り遊びした記憶がありますw
震災以降、雄勝の人口は流出多く雄勝石も今や風前の灯火...。
「金色堂」にも色々な語り草がついて回っていますが、お気に入りはマルコポーロ
の東方見聞録で紹介された「黄金の国ジパング」のエビデンス?になっているかも?が大好きです!(´∀`*)ウフフ
さすがです。坂上駐車場付近道路確かに二輪なら停めることができますね。
私もこの坂が嫌で有料駐車場まで向かった時にこの看板見つけて即路駐しました(^^♪
何も無いよね、ホテルも少ないから現場遠いし価格も高め、もう仕事で行きたくない(笑)
今回の旅で色々な謎が解けたようで良かったですね~♪
甘辛いタレなのか?卵とじなのか?どちらにしても美味しそうです。
北上川遡上説、なるほどです。
ただ、動力の無い船でどうやって川を遡ったのか?手漕ぎでしょうか
それとも帆掛け船なのか?
流れの早い最上川の場合は川岸から綱で引いたと聞いた事があります。
日程の調整が出来ずで・・・仙台油麩を初めて食べたのは、アヒルさんが好きな大内宿・・・昔から大内宿でも作っていたり
食べていたりしたそうですね。ですが仙台では食べたことのない物?オイラの旅のテーマは食文化と温泉なので
文学的なことは何も分からないので読んでいてためになります!学生時代に本を読まな過ぎてましたよ!
本を読んでたのは中学生まで…それも横溝正史で終わってますから・・・
あっ!仙台もバイクでは行ってないので最北の地は新潟になるのか(^^;
今変わらないですね。
夏草や 兵どもが 夢のあと、、、
心に響きますね。
片目でてるてる帽子を被ってる藤原秀衡のナゾの強者感が好きでした。
泰衡のミイラは頭だけで、
しかもクギを打ち込まれた穴があいてるとか
私にはと~っても難しい(・_・、)
なにせ寺とか神社とかに興味が出てきたのがわりと最近....
というかパワースポット好き(^O^)本陣が何物かも知らなかったし(*_*)
チバアヒルさんは知識もさることながら遊び心も満点! 若さの秘訣ですね。