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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん

プロフィール

誕生日
8月 18日  
血液型
A型  
都道府県
千葉県  
活動エリア
全国 
ライダースキル
 
乗車頻度
 
整備スキル
 

ステータス

日記投稿件数
925件
インプレ投稿件数
31件
MYバイク登録台数
2台
友達
98人

奥のカブ道を往く♪...(9)登米~一関~平泉/芭蕉忍者説?の真相

走行距離
55km

10月15日 登米から一関、平泉に向かいます。

まずは朝飯前に登米の街並みを散歩します。

登米の家並みは、よく見ると今でも隣家と互い違いな建て方がされていて不揃いな感じを受けていましたが、こんな看板(左)を見つけ謎が解けました。

武者隠しという、互い違いの家の壁の段差に武者が隠れて、敵の来るのを奇襲するという建て方だそうです。

また、古めかしい明治大正的な警察署跡(右)とかもありました。

 

登米の家々は、屋根がうろこ状のスレートで葺いてあって、これも特徴的でした。

雄勝一帯で採れる玄昌石という天然スレートが瓦の代わりに使われていました。この鱗模様の屋根が並ぶさまの景観も登米独特ですね。

あとで調べたら、同じものが東京駅の屋根にも使われているそうです。...知らんかった(^^;

散歩して旅館に戻ると朝食膳が部屋に用意されていました。

この味噌汁の中の油麩がまた旨いの何の♪

地味だけど油麩は何とも言えない美味しさで、郷土料理で油麩丼というのもあるらしい。

次の機会にはそれも食べてみたいですね。

さて、宿を出発して一関平泉に向かいましたが、最短で走っても約50kmあります。

元禄2年5月12日芭蕉たちは登米から平泉を目指しますが、この50kmを1日で移動しています。今のように道路整備もされず道も不案内な土地で50kmも移動したことから、驚異の脚力、芭蕉は伊賀上野出身で忍者隠密だ、という人もいます。

しかし、奥の細道をよくよく読むと、

戸伊摩(登米)といふ所に一宿して、平泉に到る。その間二十余里ほどとおぼゆ。

としか書かれていません。20里(60km)を歩いたとは一言も書いていないのです。

それよりも、その前日前々日の行動として芭蕉たちは松島~石巻~登米は舟で移動している点に注目すべきで、戸伊摩(登米)も平泉も最上川の川湊であったという点です。

最上川は流れの緩い幅広の水運の開けた川なので、芭蕉たちは徒歩ではなく舟で平泉に行ったというのが正解のようでした。

実際に現地に行って走ってみないとその実感はわかりませんね。現地に行ったことない人がきっとおくの細道の文面だけから推測して「芭蕉は忍者説」を広めたのだと思います。(^^;

9:00 柳之御所跡

藤原氏の居館があったと言われる柳之御所跡が近年発掘調査されて、藤原氏の栄華の全貌がわかってきました。

柳之御所は、私はもっと高台にあると思っていたのですが、意外にも発掘調査で最上川の河川敷に当たる部分にあったようです。

そして、源義経をかくまった(庇護した)館のあった高館は、右の矢印の部分にあります。

藤原氏は自分たちの住む場所より小高いところに鎌倉殿の弟である義経に館を与えて、丁重にもてなしていたことがわかりました。

また、藤原氏の繁栄は、金山開発による黄金とするのが定説ですが、柳之御所が最上川の川湊の要衝で、最上川自体が主要な経済幹線ルートだとすると、藤原氏の財力は黄金だけでなく水運による経済支配も大きかったことが推測できます。

これも現地に行ってみないと、藤原氏の実態や義経の関係性が見えませんね。

また、藤原氏の館が「柳之御所」と呼ばれていたのも、柳は川辺にある植物で御所の回りの河川敷に柳が多かったのでそう呼ばれた可能性が高いです。

9:30 高館義経堂

義経最後の場所である高館に来ました。

吾妻鏡では、頼朝の命により義経は打ち取られ、燃える館の中で絶命したとあります。

一説では、打ち取られたのは影武者で義経は北海道に逃げたとか諸説ありますが、真偽はわかりません。

グーグルアース借用の柳之御所、高館、中尊寺の位置関係です。

 

元禄2年5月13日 芭蕉は、藤原氏が滅んですでに数百年がたち、今は荒れ地となり最上川の河川敷にしか見えなかったであろう柳之御所跡を訪れて、詠んだのが有名なこの句です。

「夏草や 兵(つはもの)どもが 夢のあと」

翻訳:今は夏草が生い茂るばかりだが、ここはかつては藤原氏や義経などの武士達の栄華の地である。それらのことも今でははるか昔の夢物語となってしまったなあ。

この句を感じるには、実際に柳之御所跡に立ち、高館を遠望しないと、言葉の重さが実感できないものと思います。

 

また、ここでは曽良も句を残しています。

卯の花に 兼房見ゆる 白毛かな   曾良

翻訳:卯の花の白い花を見ていると、白髪を振り乱して戦ったといういにしえの武将増尾兼房の姿が浮かんでくるようだ

増尾兼房は、義経記に出てくる架空の人物です。曽良は卯の花が好きらしく、白川の関でも卯の花を詠んでいました。

10:00 中尊寺

私は何度もここに来ていますが、表参道から月見坂を上って中尊寺や金色堂まで歩くのは距離があって坂もきつくて、なかなかしんどいです。(^^;

公式には、バイクは表参道近くのバイク置き場しかない!!と説明されていますが、今回新たな発見をしてしまいました♪

中尊寺最奥の金色堂そばにタクシーと乗用車バス専用の規模の小さい坂上駐車場があるのですが、なんとそのあたりの道路は“二輪を除く駐車禁止”区域で、路肩二輪駐車OKでした。♪

もし中尊寺に行くときは、坂上駐車場付近の道路にバイクが置けるので、きつい表参道から中尊寺や金色堂まで歩かなくて済みます。(^^)v なかなか行くことは無いと思いますが、ご参考までに♪

合法的な路肩駐車して、中尊寺にお参りして、金色堂にも立ち寄りました。

ここでも芭蕉は立ち寄って有名な句を残しています。

 

五月雨の 降り残してや 光堂

翻訳:五月雨は何もかもを朽ちさせてしまうものだが、この光堂(金色堂)だけは降らなかったのだろうか、昔のように燦然と輝いている

 

 

私にとって、おくの細道の謎である、芭蕉は本当に忍者なの?夏草はどこの夏草?柳之御所の名の由来は何?藤原氏と義経の館配置と身分の上下関係はどうだった?藤原氏の繁栄は黄金それともお金?...の謎は今回の旅でかなり解けました。

あぁ...スッキリ♪

コメント(全24件)

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tellさん
雄勝スレートは石巻沿岸地域の民家の瓦として、ごく普通に使われていました。
割れた欠片で水切り遊びした記憶がありますw

震災以降、雄勝の人口は流出多く雄勝石も今や風前の灯火...。

「金色堂」にも色々な語り草がついて回っていますが、お気に入りはマルコポーロ
の東方見聞録で紹介された「黄金の国ジパング」のエビデンス?になっているかも?が大好きです!(´∀`*)ウフフ
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
雄勝石は書道の硯石のイメージしかなかったので、屋根瓦に使われているとは思いません出した。玄昌石を調べたら東京駅の屋根に...とあってガテンがいきました。
金色堂は何度か中に入って見学したこともありますが、あのきらびやかで荘厳な建物のうわさを伝え聞いたら、京都にも金閣寺があるし、日本中金ぴかの建物だらけと想像して、マルコポーロが黄金の国とヨーロッパに伝えたのもうなづけます。
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ぎんペーさん
おはようございます(^^)/
さすがです。坂上駐車場付近道路確かに二輪なら停めることができますね。
私もこの坂が嫌で有料駐車場まで向かった時にこの看板見つけて即路駐しました(^^♪
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
中尊寺は、これまで車で3回、バイクで2回行っていて、いつも参道口の大駐車場からヒイコラ言いながら歩いていました。(^^; 今回は坂上駐車場までバイクで行って、バイクがダメなら引き返そうと考えてましたが、駐禁二輪除外の標識を見つけたので停めました。
ただ、道幅が狭いのでいくら合法とはいえ土日休日に大型バイクを置くのははた迷惑な気がします。(^^;
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軽量化以上に体重が増えたさん
ついに岩手に(=゚ω゚)ノ
何も無いよね、ホテルも少ないから現場遠いし価格も高め、もう仕事で行きたくない(笑)
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
東北も仙台を越すと、人家も少なくなり、街の規模もそれほどでもなくなってきて、みちのく感が高まります。
でも、宮沢賢治のいうように、自然とともに人らしく生きるイーハトーブの世界が感じられる場所でもあります。(^^)
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KAWIさん
それにしてもシリーズ最初からお天気に恵まれたようで、雨の写真がありませんね。
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
山形まで晴天でしたが、後半新潟で降られました。(--)
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パチ10(キュイキュイ~~~ン♪♪♪)さん
夏草や・・・・からの句は私も聞いたことあるね~(笑)
今回の旅で色々な謎が解けたようで良かったですね~♪
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
芭蕉のおくの細道の謎は、この日の行程に集約されていたので、いっきに氷解です。(^^)♪
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ピロンさん
油麩は食べた事がありませんが、どんぶりは気になります。
甘辛いタレなのか?卵とじなのか?どちらにしても美味しそうです。

北上川遡上説、なるほどです。
ただ、動力の無い船でどうやって川を遡ったのか?手漕ぎでしょうか
それとも帆掛け船なのか?
流れの早い最上川の場合は川岸から綱で引いたと聞いた事があります。
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
油麩は、普通のお麩よりもモッチリした食感でトンカツや鶏肉の代わりに丼ものになるのかもしれません。
北上川に沿って今回はカブで石巻~登米~一関~平泉まで移動しましたが、少なくてもこの区間は川幅がとても広く流れも緩やかで、手漕ぎでも帆かけでも楽に移動できる環境でした。最上川で言うと酒田~戸沢に近い条件です。
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くれないの?デブっ!(ター坊改め。略称「くれデブ」)さん
謎解きもできて、収穫の多い旅になりますね〜^_^
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
私の心の中の長年の謎が現地をカブで踏査してやっと解けました。(^^)♪
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シェフさん
ゆっくりした旅出ないと通り過ぎてしまうことが多すぎて、今年の秋は中尊寺へと思ってましたが
日程の調整が出来ずで・・・仙台油麩を初めて食べたのは、アヒルさんが好きな大内宿・・・昔から大内宿でも作っていたり
食べていたりしたそうですね。ですが仙台では食べたことのない物?オイラの旅のテーマは食文化と温泉なので
文学的なことは何も分からないので読んでいてためになります!学生時代に本を読まな過ぎてましたよ!
本を読んでたのは中学生まで…それも横溝正史で終わってますから・・・
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
私は、生麩とか白玉麩とかモッチリした麩が好きなんですが、油麩もなかなか好みです。♪
中尊寺は、もし初めてなら表参道から月見坂を上って中尊寺や金色堂まで歩くのが趣があって良いですよ。ただ、意外と坂道できついので、疲れていたら私の裏ワザ坂上駐車場近くに路駐してください(^^)
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たかぴーさん
そう言えば東北って仙台以北に行ったことがなく、平泉は行ってみたい場所の一つ(^^;

あっ!仙台もバイクでは行ってないので最北の地は新潟になるのか(^^;
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
東北は意外と移動距離があるので、関東からでもなかなか大変です。(^^;
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おっぺけさん
昔の人も昔のことに思いを馳せたりして、
今変わらないですね。

夏草や 兵どもが 夢のあと、、、
心に響きますね。
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
俳句も、現場、現実、現物で体験すると、学校で習ったのとは別の世界が見えてきます。♪
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ゴリフさん
遠くてつらいけど、中尊寺だけは生きてる間に行ってみたいですね
片目でてるてる帽子を被ってる藤原秀衡のナゾの強者感が好きでした。

泰衡のミイラは頭だけで、
しかもクギを打ち込まれた穴があいてるとか
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
金色堂は何度か入館してますが、藤原氏のミイラは見たことないです(^^;
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ぷっちゃまんさん
なにがって工業高校に自動車短期大学と遊びまわり文学や歴史とか
私にはと~っても難しい(・_・、)
なにせ寺とか神社とかに興味が出てきたのがわりと最近....
というかパワースポット好き(^O^)本陣が何物かも知らなかったし(*_*)
チバアヒルさんは知識もさることながら遊び心も満点! 若さの秘訣ですね。
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チバアヒル(完全復帰まであと一歩)さん
私は理系大好きで、一時は工業系大学で機械工学を学ぼうとしましたが、その後の紆余曲折で法律関係で生計を立ててました。(^^; 受験向けの暗記ばかりの高校の古文や歴史は大嫌いでした。
勉強ではなく、仕事つながりの社会学の窓から古典や歴史を見るようになって、俄然、古典や歴史は面白くなりました。♪
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